老子解釈?野村総一郎と雲黒斎、ラマナ・マハルシの視点。ジャッジしないと無為の意味
野村総一郎『人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』って本に以下の記述がある。
この「ジャッジすることを、意識的にやめる」というのが「ジャッジフリー」という思考です。
野村総一郎『人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』
「思い込みをやめる「ジャッジフリー」の考え方」より
碌碌(ろくろく)として玉のごとく、珞珞(らくらく)として石のごときを欲せず
野村総一郎『人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』
これは、こういった意味の言葉です。
ダイヤモンドのような存在になったらなったで、それもいい。
石ころのような存在になったのなら、それもまたいい。
それが自然の姿なら、受け入れて、ただ生きていくだけ。
「思い込みをやめる「ジャッジフリー」の考え方」より
ジャッジフリーというのは、ジャッジしないという意味の、野村総一郎さんの造語だ。
たとえばどういうこと?
たとえば、あの人は美しいがあの人は醜い、とか、あの人は金持ちだがあの人は貧乏だ、とか、そういうジャッジをやめようよということだよ。
ジャッジをしない、ねー?!
ジャッジをしないというのは、精神世界でも、よく言われることだ。
それに対する老子の答えが、「碌碌(ろくろく)として・・・」ってやつなんだね。
自分がダイヤモンドなら、ダイヤモンドのように自然に生きればいい。石ころだったら、石ころのように自然に生きればいいということだね。
気分がラクになったよ。
そうでしょ?。実は、野村総一郎さんは精神科医なんだ。うつの患者さんに老子の話をしたら、症状が改善された経験から、この本がうまれたみたいな話なんだけどさ。
たしかに、ダイヤモンドでも、石ころでも、自然のままで生きればいいんだよ、っていわれれば、気持ちがラクになって、うつの症状が改善されそうだね。
老子道徳経の超訳、雲黒斎『マスターからの手紙』。
雲黒斎(うん・こくさい)さんの、老子道徳経の超訳本、『マスターからの手紙』って本があるんだ。
『あの世に聞いた、この世の仕組み』の、雲黒斎さん、こんな本も出していたんだね。
『マスターからの手紙』は、本名の黒澤一樹(くろさわ・かずき)名義で、『ラブ、安堵、ピース』という名前でまず出版された。それが絶版になっていたのを惜しいと思った小学館の人がいた。だから、雲黒斎名義で、『マスターからの手紙』という名前で再刊された、という大人の事情があるんだ。
ずいぶん、こみいった大人の事情だね(笑)
『マスターからの手紙』には、以下の記述がある。
このように、「解釈」は、何かと何かを識別し、それらを比較したときに現れる。(中略)
『マスターからの手紙』
識別したものを比較し、その一方だけに価値をおいたり、選び取ろうとしてしまうところに「満たされなさ」が生まれてしまうんだよ。
そして、もうひとつ大事なポイントは、この「解釈を生み出す物差し(優劣を決める基準)」が人それぞれ違っているということなんだ。
「第2章 人の数だけ世界がある」より
うわー、老子道徳経の超訳だ!?
そうだね。『マスターからの手紙』は、老子道徳経の超訳本なんだわ。
「解釈」って、結局、わかりやすくいえば、「ジャッジすること」、みたいなことじゃん。
そうだね、「解釈」って、わかりやすくいえば、「ジャッジすること」、みたいなことだよね。
で、「解釈」から、「満たされなさ」が生まれると。
そうだね。「解釈」から、「満たされなさ」が生まれるんだ。
あと、人それぞれ「解釈の基準」=「優劣の基準」が違うってことだね?
そうだね。人それぞれ「解釈の基準」=「優劣の基準」が違うんだ。そうなるとどうなると思う?人それぞれ、違う世界に生きていることにならない?
そうだね。人それぞれ、違う世界に生きていることになるね。
だから、「解釈」=「ジャッジすること」をやめて、ありのままの世界を見る必要があるんだ。ここでも、「ジャッジフリー」が重要になってくるよね。
ラマナ・マハルシさんの老子解釈。
『ラマナ・マハルシとの対話第3巻』に以下の記述がある。
老子の『道徳経』がホールで読み上げられた。
ムナガーラ・ヴェンカタラーマイア『ラマナ・マハルシとの対話第3巻』
「賢者は無為によってすべてをおさめる」
シュリー・バガヴァーン(私注:マハルシの敬称)は言った。「無為とは絶え間ない活動です。賢者は永遠に続く強烈な活動という特徴を備えています。彼の静寂は、急速に回転する独楽(こま)が一見静止して見えるのと同じなのです。(中略)賢者が一見無為に見えるのも同じことです。なぜこの説明が必要かというと、人々は普通、不活発な状態を無為だと勘違いしているからです。そうではないのです」
対話599より
なんと!?賢者は、無為だけど、高速で回転しているコマのようなものだ、とラマナ・マハルシさんはいうんだ。
要するに、賢者は、無為だけど、マハルシさん的解釈によれば、「無為」=「絶え間ない活動」であって、賢者は、永遠に続く強烈な活動状態にあるというんだね?
そうだね。賢者は、無為だけど、マハルシさん的解釈によれば、「無為」=「絶え間ない活動」であって、賢者は、永遠に続く強烈な活動状態にあるというんだろうね。高速で回転しているコマのように・・・。
ところで、一般的な無為の解釈ってなに?
一般的な無為の解釈は、わかりやすくいえば、自然にまかせる、みたいなことだよ。
人々は普通、不活発な状態を無為だと勘違いしている、とマハルシさんはいっているね。
マハルシさん的には、自然にまかせる、っていうのは、一見不活発な状態にみえるけれども、絶え間ない活動状態をいうってことだね。
ところで、マハルシさんの、アーシュラム(道場)でも、『老子道徳経』が学ばれたんだね。結構意外・・・!(笑)
『ラマナ・マハルシとの対話』全3巻の中でも、『老子道徳経』にふれているのは、対話599だけなんだ。貴重な資料だね!(笑)
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⇧『あの世に聞いた、この世の仕組み』で有名な雲黒斎さんによる、老子道徳経の超訳本。Kindle版を買った。
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⇧雲黒斎さんのベストセラー本。本のソムリエさんがオススメしていたことを聞いて、Kindle版を速攻で買った。本当に面白い内容だ。

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